「世の中、お金が全てじゃない」は、お金持っている人のセリフ

どうも、Lazy(@lazy_Engblog)です。

さて、結構挑発的なタイトルだが、真実のはず。

ボクは、個人事業主になったばかりというのもあるので、年収的にはそこまで高いわけじゃない。

ただ、ちょっとずつでも売上はあがってきているので、いい感じだと思っている。

自由に見える働き方は風当たりが強い

話は本題からそれるけど、フリーランスとか副業とかいろんな働き方が認められてきたけど、まだまだだと実感する。

学生時代の友達とかに仕事の話したりすると、けっこう正社員をやっている方にとっては、ボクのような働き方は受けが悪い。

どうやら、ボク自身が自分で仕事の段取りを取っていたり、自由な働き方をしているように見えるようだ。

「フリー」という言葉もつくくらいだから、正社員よりは自由にやらせてもらっているが、「ストレスフリー」かというと、そうでもない(笑)

さらに、「稼ぎたい」という気持ちに対しての反発もすごい

特に、「なんでフリーになったの?」と聞かれて「いっぱい稼ぎたいから」というとすごい批判の目を向けられる。

今は、仕事楽しくやっているので早朝から寝るくらいまで結構やっているのですが、それもけっこう驚かれる。

「そんなに頑張って、稼いでどうするの?彼女もいないのに」的な雰囲気もある。

「逆に聞くけど、稼いでるのと稼いでないのどっちがいい?」と返すとけっこう反感食らう。

ある程度議論を話し合っていくと、彼らの根本があるようだ。

それが、「世の中お金が、全てじゃないよ」だ。

そのセリフを言えるくらい、あなたはお金持ってるの?

「世の中、お金が全てじゃない」

このセリフ、昔からTVでも友情とか家族とかをテーマにした、ハートフルな番組でもけっこう言われたりするコメントで、昔は何も感じなかった。

むしろ、少し同意していたところもある。

でも、大人になって自分で仕事をするようになると変わってきたのかもしれない。

ボクは今、このセリフを言いたいとも思わないけど、言えない。

このセリフが、出てくるとほとんどん人が同調し始める。
その中に、高年収と言われている人はいない。

何故、お金持ちになったことがないのに分かるのか。
何事も経験していないのに実感することはできない。

「スポーツだって勉強だって、経験しないとその楽しさも過酷さもわからない!」と幼稚は反論になってしまうけどこれが率直な感想。

なんで、一度は大金持ちになったようなセリフを言えるのか。
お金持ちになってお金をたくさん使った上で言っているのか。

たぶん、そうではない。

厳しいことを言うが、自分がお金稼ぐのを諦めてないか?

お金持ちになれるなら、みんななりたいだろう。
長者番付ほどのお金持ちじゃなくても、毎月のお給料が10万増えたら嬉しいでしょ?

もちろん、一定数本当に必要としていない人がいることもわかっている。

セリフ自体を批判しているわけじゃない。

セリフ自体が間違っているとは思わない。

たしかに、100億くらい資産があるが家族もいないし友達もいない。

その上、働きっぱなしでお金があっても時間がないのでは、楽しくもないだろう。

お金は幸せになるためのツールでしかないので、使えないお金は意味がない。

お金は使うものだ。お金があること自体が幸せじゃない。

だから、「お金を手に入れることが全て」ではない

でも、「お金はすべてのことに必要」なのも事実。

「愛さえあれば」というが、デートも行けないくらいお金がなければ「愛」っていう感情も湧いてこない。

あわよくば、一目惚れで結婚だとしても一緒に住む家にはお金が必要なわけだ。

むしろ、一目惚れの場に行くためには服とか交通などいろいろなところで「最低限のお金」は必ず支払っている。

直接的じゃなくても、お金は全てのことに必要なのです。

学生時代、友達を作るのだって、カラオケにも行けない、ボーリングにも行けない。

ましてや、習い事も塾にも行けなければ、大前提として友達になるチャンスが圧倒的に少ないわけだ。

だから、「世の中お金が全てじゃない。」これは正しい。
ただ、「世の中全てのことに、前提として金は繋がっている。」これも正しい。

お金があるっていうのは、何かを行う一歩目でもある。

多すぎて困るのは扱う術を知らないだけ。もしくは、その人のキャパを超えてるだけ。