被災地での「いらなかったものリスト」で賑わっているので、ボクから二言

どうも、Lazyです。

今日は、熊本で発生した大地震から少し時間空き、ある記事について話題になっているのでそちらについてボクから二言だけ思ったことを。

熊本で発生した大地震で世間では、東日本大震災を思い出した方も多いことでしょう。

私も、当時は東北に住んでいて被害は少なかったものの、電気・ガス・ネットなどのほとんどのインフラが停止した期間を実際に味わった人間の一人です。

東日本大震災がまだ深く記憶に残っているためか、熊本地震が起きた直後から「何かしたい!何かできることはないのか?」と全国的に動き出すのが非常に速かった印象を受けました。

しかし、現地の受け入れ態勢が整っていない中で、物資が送られてきたり、直接訪れてくる人がいたため各ネットメディアで「少し待って!」と流れるほどに。

今では、色々なところで人員募集などの記事が上がり始めているようですね。

被災地から「いらなかったものリスト」というものがあがった

今回、ボクがお話したいのは被災地から話があげられた「いらなかった物リスト」について。

全国各地から送られてくる救援物資の中には、一般の人から送られてくるものも多くある。

その中でも、送られて困ったもの、実用性のなかったものが挙げられているリストです。

リストについては、こんな感じ

このリストについて、ネットではすごい意見が飛び交っているようです。

「送った側の気持ちを考えろ」

「貰っただけありがたいと思え」

「善意を踏みにじるのか?」

「もう支援する気がなくなった」

などなど。

ボクが驚いたのは、リストに対して反対意見多いんだなって。。。

リストに対しての意見は、こちら

まずは、リストに対しての賛成という立場で一言目

この「いらなかったものリスト」に対して賛成・支持という立場で意見を書きますね。

現地からの「いらなかったものリスト」ってすごく価値のあるリストだと思う。

東日本大震災から5年経って、また大きな地震が起きるほどの地震大国。

日本は、世界的に見ても地震起きやすい国なので、次いつ来るかわからない。

東日本大震災の直後は、関東に来て行政機関がストップするとか毎日のようにテレビでやってた記憶があります。

だからこそ、こういった現地の実体験が入った声が聞けて、「何を欲しているのか」が残されるのって価値のある情報だと思う。

次の災害の時には、より必要な物資が提供されることで復興を始める時間は短くなるのは確実です。

(被災経験者としては、物資が送られてくる段階は復興は始まっていません。)

ボランティアは善意で行うのは分かるのですが、その行動にも改善は必要なんだと思うのだが・・・。

今回のリストへの反対意見に対して二言目

リストの中でも、けっこう中心になっていたのが「千羽鶴」。

「幸福の祈願と慰安や祝福の意」などの意が込められた、いかにも日本っぽいものですね。

それが、いらなかったものリストに含まれているのが納得出来ない人が多いそうです。

千羽鶴だけじゃなくても、反対意見で非常に気になるのが、「送った側の気持ち、善意を考えろ!」という意見。

ボクははっきりと思うのは「何その、やってあげてる感!?

そして、疑問に思うのが「何が目的で支援しているの?

なんか、ボクには「復興とかより、自分たちの行動に対して感謝とかのリアクションを求めているんじゃないの?」とか感じてしまう。

やらない善より、やる偽善

なんていう言葉もあるくらいなので、何か自分に対して見返りを求めて動くことは否定しません。

が、それを表に出すのはお門違い。ましてや、被災地に向けて言うんじゃ。

善意だろうが、被災地を思ってだろうが、やると決めたのは自分でしょ?

その行為をありがたく思うかどうかを決めるのは、自分ではなく相手です。

行動するならそこも踏まえてほしいなと思うわけですよ(笑)

ボランティア活動も感情で動くものですけど、感情論とはまた違うと思いますよ。

まぁ、まだ若い人が多そうだったので

Twitterで反対意見を出している人たちは、少し若そうな人が多かったのでもう少し経ったらまた意見も変わってくるのかな

って、個人的には思いました(笑)